今日は、物語の二つ目の謎――
「おじいさんはどうして病気になったのか。どんな病気なのか」
に焦点を当てて授業を進めました。
まずは自分の考えを書くところから
「どうして病気になったのか」について、それぞれノートに考えを書き出します。
すると早速、子どもたちの予想は二つの陣営に。
- 三年とうげで転んだことが原因説
- おじいさん自身の心や行動が原因説
この分かれ方から、子どもたちなりに“因果関係”を探ろうとする姿勢が見えてきます。
しかしここで、まさかの展開
子どもたちの議論を聞くうちに、
「そもそも、“寿命が三年短くなるのか長くなるのか”がはっきりしないと、理由が考えられない」
という話になり、急きょ 四つ目の謎へシフトすることに。
こうした“学びの流れの変化”は、子どもの思考が働いている証拠。
予定通りいかない授業こそ、実はおもしろい瞬間が詰まっています。
言い伝えとトルトリの言葉を整理すると…
教科書を振り返り、情報を比較します。
- 言い伝え
→ 一度転ぶと三年“しか”生きられぬ - トルトリの話
→ 一度転ぶと三年“生きられる”
この食い違いに、子どもたちはすぐ反応。
「これ、同じ三年でしょ?」
「“三年しか”と“三年も”みたいな違いだよ」
先日話した「今年もあと1ヶ月“しか”/まだ1ヶ月“も”」の話を覚えている子もいて、
ことばの持つニュアンスの違いに気づけたのは大きな収穫でした。
そこから一気に、
「あれ?じゃあ寿命は変わらないってことじゃない?」
という結論へ。
この瞬間、場の空気が「つながった!」と感じられるほど鮮やか。
こういう気づきの場面は、教師として何度味わっても嬉しいものです。
謎2へ戻ると…
寿命は変わらないと整理できたところで、
もう一度「おじいさんの病気」について考えます。
残り時間10分で意見をまとめると、次の二つに絞られました。
🟦 心の病気(うつ状態)説
言い伝えを深く信じていたため、
「転んでしまった」というショックから心が弱ってしまったのではないか。
🟩 体の病気(栄養失調・脱水)説
食事も水分も十分に摂れていない状態が続けば、誰でも病気になる。
物語に直接書かれていない部分だからこそ、
本文の状況から論理的に想像する力がよく働いていました。
チャイム後も続く“学びの余韻”
チャイムが鳴っても、子どもたちは
「じゃあ、なんでトルトリは…?」
「次の謎ってどうなるん?」
と自然に次へつながる問いを口にしていました。
学習が“謎解き”として成立しているからこそ、
子どもたちは 「知りたい・考えたい」 という姿勢を自分から生み出しています。
今日の授業では、
二つの謎が解明され、思考の流れも大きく動いた1時間でした。
明日の授業も、子どもたちがどんな視点を出してくれるのか楽しみです。

